Hoes of Tech

Conceptualization of Technology

Things Behind ATH-DSR9bt(2)

Beyond PCM

前回のブログでは今のフルデジタル製品の大元、Sonyが提案したパルス符号変調(PCM)ベースのデジタルヘッドホンを紹介した。ただし、最後に問題が残っていた:この方式では、ボイスコイルの巻き数を\(2^{N-1}\)までしないと実現できない。これだと超大型の製品しかできないし、かなりの精度で作らないと音の歪みが発生する。とすると、もっといい方法はないだろうか?

当然改善し続ける選択肢もあるし、例えばPhillipsはソニーの手法を改善している1が、そもそも音の出し方自体を変えるとどうなるだろうか?

From PCM to PWM

前回で紹介したPCM方式では、一定時間毎に、音声信号の強さを量子化して記録する方式だ。逆に考えば、信号の強さを固定にして時間を変化すれば、信号も記録できるではないか?ということで、パルス幅変調(PWM)もしくはパルス密度変調(PDM)はこのような方式だ。

PDM

緑の曲線は音声で、青線は量子化したPDM信号となっている。PDMの信号は0、1の2つの状態しかない(もしくは、0、1、ー1の3つでもよい)、元の信号が強ければ、PDMの信号は1にいる時間が長い。つまり信号の強さを時間の長さで表現している。厳密に言うと、音声の強さはPDM信号の積分になっていて、音声\(P = \int_{t \in PDM=1}1dt + \int{t \in PDM=-1}-1dt\)のような感じで計算されるのだ。これ以上の紹介はWikiのΔΣ変調を読めば分かるのはず。

ということで、この方式であれば、量子化した信号の強さは0か1の二種類しかないため、強さのバリエーションが多すぎることはまず発生しないので、PCMにあった問題を解決できるかもしれない。実は、今のフルデジタルヘッドホンもこの考えをベースに作っている。とりあえず特許を検索してみると...

特開昭59-181897 音響装置(ソニー株式会社)

こっちもだいぶ昔ソニーが関連している特許を出していた。当然ソニーだけでなく、海外含めていらんな所もこの方式を研究していた。複数のスピーカーを利用する方式もあれば23、1つのスピーカーにPWMの0と1それぞれに対応するボイスコイルを入れる方式4も考えられている。ここでは、Sharp Corpが提案した方式4を簡単に説明する。

Sharp

ボイスコイルは二種類が存在し、プラス(+)方向に動くものと、マイナス(ー)方向に動くものだ。プラス方向のボイスコイルに電流流せばその方向に動き続けるし、切断すると自然に戻ってくる。マイナスは逆方向に同じ動きをする。そうすると、振動板の動きは+、ー、0の3種類の動きができるようになる。

上のPWMの話を思い出すと、PWM信号も同じ構成なので、デジタル信号に合わせて、セレクターで2つボイスコイルのOn/offを切り替えることで、そのまま音声信号に変換できる。この処理は信号をアナログに変換することなく、デジタルそのまま振動板に持って行けたといえるでしょう。

この考え方はDSR9BTまでずっと変わっていないが、上の述べた方法はいくつの問題があった。   * PWM信号の周波数がとんでもない高い。よく使っているPCM音楽なら周波数は44.1KHzだが、SACDのようなΔΣ変調の形式だと2922.4KHzも当たり前は。この周波数に合わせてセレクターやスイッチがOn/Offするが、さすがにこんな高い周波数だとエラーが起きやすい。更に厄介なのは、エラーが一回でも発生すると、あとの処理に影響し続けるので、何回もエラー起きると音がめちゃくちゃになる。 * スイッチが高速にOn/Offすると、熱が溜まったり、効率が下がったりするので、コンパクトな製品はほぼ作れない。

この後、PWM方式の周波数を如何に下げることに対して研究が広がってきた。

From Single Bit to Multiple Bits

当然、単純に周波数を削るだけなら、記録できる情報量が減るのでよくない。ならば、量子化ビット数を2、3などに少し増やせばどうだろうか?

ビット数が8や16になると前回で紹介したようにボイスコイルが多すぎて対応できないが、2、3ビットならば全然問題なく対応できるし、周波数も当然その分減らすことができる。ということで、90年代末から多ビットΔΣ変調の方法が考えられてきた。この中の1つはDNoteと呼ばれている変換方式である567。言うまでもないが、DSR9BTはこの技術を基づいて作った製品だ。

DNoteに対して提案当時からDSR9BT発売まで複数回インタビューがあり、開発元のTrigence Semiconductor社が技術の詳細を紹介してたが、あまりにも一般ユーザーに難しく当時はあまり理解されず、話題にもならなかった。

ただし、今回上に書いているようなことを把握できていれば、その紹介を分かるようになるはずだ。

まず1つは藤本健のDigital Audio Laboratory, 第587回, AV Watch。記事に添付されている図はここに載せないが、DNoteは\(-4 \dots 4\)の9通り、4BITを採用している。DSR9BTも同じく「4芯ボイスコイル」になっているため、技術上は同じものだと分かる。1ビットの前と同じ、1ボイスコイルは+1かー1しか出せないが、今回4つも持っているので、4つに同時同じ方向の電流流せば、それで+4になれる。

Summary

DSR9BTは正真正銘のフルデジタルで間違いない。ただし、多くのユーザーがまだ3.5MM端子のアナログが最高と考えている中、時代を先取りしすぎた製品はあまり注目されないだろう。また、オーディオテクニカの宣伝力も追いついていなく、仮にソニーのハイレゾ戦略と同じくらいの力を入れたら、1つのカテゴリーを確立できたかもしれない。いずれにせよ、DSR9BTが生産終了している今、オーディオテクニカの再チャレンジを末しかない。しかし、DNoteを使う限り、特許はオーディオテクニカ側に一切ないため8、新製品の企画も開発の調整も難しいだろう。


  1. Method of and test arrangement for testing the transmission path within an apparatus of a modular construction for interruptions, US4612421A, Gunther Spath and Werner Zeder, US Philips Corp 

  2. Method and apparatus to create a sound field, GB2373956A, Tony Hooley, Paul Troughton, Angus Goudie and Mark Easton, 1 Ltd 

  3. Selection apparatus, Akira Yasuda, Toshiba, US5872532A 

  4. Speaker driving circuit, Ryutaro Takahashi, Toru Hayase, Sharp Corp., US5592559A 

  5. 特許第4883428号, デジタルアナログ変換装置,株式会社 Trigence Semiconductor 

  6. 特開2010-28783(P2010-28783A) デジタルスピーカー駆動装置,デジタルスピーカー装置,アクチュエータ,平面ディスプレイ装置及び携帯電子機 

  7. 厳密にDNoteはただの方式ではなく、多ビットΔΣ変調を利用した変換装置とその周りをパッケージ化したものだが、ここでは特に区別しない。 

  8. ヘッドホンのデザインの特許はオーディオテクニカ側が持っている。例えば特許第6296669号 デジタル駆動型ヘッドホンや特開2018-46445など。